会長挨拶

チェンマイ日本人会ホーム・ページへようこそ。

2010年度チェンマイ日本人会会長の荘司でございます。
当初、前黒沢会長様より新会長をやってくれという打診があった際、私のような若輩者で良いのか、非常に悩みましたが法人化という大きな節目にあたるチェンマイ日本人会に対し、微力ながらお役に立ちたいという気持ちが不安感に打ち勝ち、新会長という重責をお引き受けすることとなりました。

私は、1990年9月に25歳で工場立上の為の駐在員として赴任しました。
一年後には従業員数約700名程になり、その後、日本人駐在員1人の体制を約5年間 続けました。
この頃の日本はバブル崩壊直後でした。
1985年のプラザ合意による急激な円高から、多くの製造業が海外に進出し、そのあと発生した投資バブルが1990年には崩壊しました。
日本の長引く不況はプラザ合意が要因のひとつではないかと一説には言われております。
まさに、失われた10年が始まったその年にチェンマイに赴任した格好になったと感じます。

1990年当時のチェンマイは、現状と全く違い不便な環境でした。
人や物、サービスが今のように完備されておりませんので、すべて自分で行わなければ何もできない、まさしく自己責任の塊のような環境に近かったです。
タイの考え方や文化にカルチャーショックを受け戸惑いながらも、次第にタイの人々の心の中から"差別をしない""親目上の人を敬う心""他人への思いやり"などの「日本人が失いつつある道徳心」を感じるようになりました。
この工場立上時の約5年間の経験が小職にとって非常に大きな糧と経験になったと思っております。

当時と比較し、現在のチェンマイは素晴らしい発展を遂げ、住みやすい町となっていることは非常に喜ばしい限りであります。
しかしタイ国内の政情動向は我々日本人在住者にとっても一抹の不安を覚えます。

さて、チェンマイ日本人会は今、法人化という大きな分岐点を迎えております。
会員様334名のうち、約8割は日系企業駐在員様とそのご家族になっております。
またロングステイの会員様も年々増えてきております。
今年は、チェンマイ日本人会を「会員様主役の日本人会」にしていきたいと考えております。
先ず、今すぐ実行しなければならない最優先の案件として、会員様と役員との連絡網構築があります。
連絡網が未だに広報誌「火焔樹」のみというのが昨年までの状況でした。
日本人会から会員様へのさまざまな広報連絡、及び会員様の貴重なご意見の吸い上げが出来る連絡網の構築がまだ不完全でした。
この要因から、会員様のチェンマイ日本人会に対する疑問や不満不信感を生んでいたのではないかと、深く反省しております。



既に、メーリングリスト等の連絡網及びホームページを構築し、現在稼働中です。
総領事館安全情報等のお知らせをリアルタイムに連絡が往来できる環境になりました。
会員様との意見交換会の開催も毎月実施しております。
火焔樹も印刷紙のみならず、電子版もメールで会員様にお送り出来るようになりました。

そして、会員様の趣味や郷土出身地のつながり等も見い出し、年間行事の活性化に反映させていき、会員様の日本人会への関心度を高めたいと思います。
(例えば、「出身県人会対抗型の忘年ゴルフ大会」「オヤジバンドコンテスト」「ダンスコンテスト」「ソフトボール同好会」などの会員様主体の行事が法人化になったことで、心おきなく開催できるようになります。)
会員様とのコミュニケーションを深めていく中で、"私も日本人会の手伝いをしたい"という方が出てくるような雰囲気を出すことを目指します。
お手伝いして頂く方には、日本ではまずできないような貴重な経験と人脈ができ、日本に帰国された後でも、特別な思い出になることとなるでしょう。

チェンマイ日本人会規約も皆様からのご意見を頂きながら、改定していきたいと思います。
また、現在クローズアップされております、定住者子女の日本語教育問題に関しても、積極的に取り組んで参ります。

チェンマイ日本総領事館様、北部日系企業連絡協議会様、CLL様、チェンライ日本人会様、タイ国主要団体様のご協力を得ながら、地元社会への貢献と、会員様のご要望に応える為にチェンマイ日本人会として少しでもお役に立つことができれば、幸いであります。
日本に帰国しない会長として、全身全霊で精進していく所存でありますので今後ともチェンマイ日本人会を宜しくお願い致します。

2010年吉日 チェンマイ日本人会会長 荘司和彦

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